1.モンゴル人相互間にある根深い差別意識
モンゴル国においては、ハルハ人だけが正統なモンゴル人であるという考え方が今も根強く残っている。これは約80年間にわたる社会主義時代の教育が及ぼした結果であろう。
この背景には、汎モンゴル主義の台頭を警戒した旧ソ連(ロシア)と中国の政治的な思惑もある。両国の国内には相当数のモンゴル系の諸民族が暮らしているため、そういった人々がモンゴル人意識に目覚め、モンゴル人の居住地域を統一しようという動きが出てくることを封じるために、ハルハ人以外のモンゴル系をモンゴル人と認めないというような誤った思想が流布されたのである。このように、歴史的・文化的な差異を強調してモンゴル人を分裂させるための洗脳教育がモンゴル、ロシア、中国でそれぞれ実施されてきた結果、モンゴル系諸民族の間における差別意識が醸成されるに至った。
2.モンゴル国におけるハルハ中心主義
モンゴル国のモンゴル人は伝統的に漢人に嫌悪感を抱いているが、モンゴル国内の一部の勢力はこうした意識を利用し、中国国内に暮らしているモンゴル人を漢人と混同させて、南モンゴルのモンゴル人は、『hujaa』、『zungaa』であると差別し、『eh oronch(愛国者)』である自分達こそが真のモンゴル人であると言って来たが、実際には裏に『mongol tuuragtan』の団結を破壊する目的があったのである。これは世界の他の地域のモンゴル系諸民族に対しても同様である。必要以上にモンゴル人の「純血性」やモンゴル文化の「純粋性」を強調し、国外のモンゴル系諸民族をモンゴル人と認めずに蔑視し続けてきた教育は、モンゴル人同士の間に大きな楔を打ち込み、国外のモンゴル系諸民族に対してだけではなく、モンゴル国民相互間にも偏見と差別感情を残した。
3.モンゴル国における汎モンゴル主義の復興
しかし、モンゴル国民の大部分は、歴史・文化・政治的な差異を越えて、国外のモンゴル系諸民族に対する同胞意識を持っている。1990年代以降、民主化したモンゴル国では、自らの尊厳と文化を復興する動きが活発になり、新しい教育の影響と情報化の発達が、世界中に散らばっているモンゴル系諸民族間の交流を推進したことで、同胞意識が甦ってきたためである。特にモンゴルの若い世代を中心に『mongol tuuragtanii nigdemel uzel』が広がり、政治・文化・教育などの分野で急速に大きな影響力を持つようになってきた。こうした動きは、世界中にいるモンゴル人の人権状況に対する関心へと結びつき、国外のモンゴル系諸民族を勇気づける希望となり、さらに新しいモンゴル国を建設する原動力となるだろう。
4.漢人化が進む南モンゴルの現状
一方、南モンゴルの現状を見ると、既に多くのモンゴル人が漢人に同化し、同化まで行かずとも中国文化の影響を深く受けて、漢人以上に漢人らしく振る舞うモンゴル人も多い。
こうした人々によく見られる特徴は、中国文化の悪い部分の影響を強く受けていることであり、自らのルーツであるモンゴルの文化を否定的に捉え、蔑視している点である。彼らは先進的な中国文明に後進的で未開なモンゴルを対置させ、モンゴル語の使用やモンゴル文化の称揚に抵抗感を持っている。モンゴル語を一言も話さず、中国に同化することをモンゴル人の「進歩」と位置づけている彼らが「モンゴル人」である根拠は、もはや形ばかりの血縁と中国の民族識別工作で割り当てられた「蒙古族」という族籍のみである。
問題は、このように形骸化してしまった「モンゴル人」が、都合のよい時だけ「モンゴル人」であることを強調し、「チンギス=ハーンの子孫」であることを誇らしげに語ることである。こうした中身の無い人々の存在が、モンゴル国のモンゴル人の南モンゴルのモンゴル人に対する視線を厳しくさせるのは当然であろう。
モンゴル人と名乗る以上は、少なくともモンゴル語を学び、モンゴル民族の一員として世界中に散在するモンゴル系諸民族全体の利益を考えて行動するべきである。モンゴルを愛さず、利用するだけの者にモンゴル人を名乗る資格はない。なぜならば、自分の会社に損害を与えようとする者、自分の乗っている船を沈めようとする者、自分の神を冒涜する者は、その場所から今すぐに出てゆくべきだからである。
5.南モンゴルにおける漢人のモンゴル認識
8年ほど前に、筆者が南モンゴルのウランハダ市(いわゆる赤峰市)にある官公庁の待合室においてモンゴル人の友人らと共にモンゴル語で話をしていた時、突然、漢人の職員が出て来て「お前らは、なぜ奇々怪々な言葉で話しているのか?きちんとした中国語で話しなさい。」と叱りつけてきたことがある。
自分達の土地の、しかも政府機関の公務員から、このような侮辱を受けた我々は当然の如く抗議したが、逆に公務執行妨害と騒乱罪で逮捕される寸前だった。幸い、その役所に勤めていた親戚が取りなしてくれたので事なきを得たが、例えば、もし日本で同じような事件があれば、差別的な暴言を吐いた公務員は即刻解雇されたことだろう。しかし、我々は何もできなかった。この時、私はモンゴル人の土地、故郷においてモンゴル人が如何に無力で、実際には何の権利も有していないという現実を改めて痛感させられたのである。残念ながら、我々南モンゴルのモンゴル人は、洪水のように入ってきた漢人達に囲まれて、植民地化され、生死を賭けた最後の闘いに直面している。
6.モンゴル人同士の和解に向けて
歴史によって、或いは教育によって作られたモンゴル人同士(特にモンゴル国のモンゴル人とモンゴル国外のモンゴル人)の言語・文化の壁、感情の壁は、双方のモンゴル人の新しい世代の努力によって打ち壊して行く必要がある。愚かな罵声の応酬を止め、一段と高い視点からモンゴル全体の問題を俯瞰しなければならない。
モンゴル国が、世界中のモンゴル人の祖国であり、モンゴル文化の『golomt(竈の火)』であることは疑いようのない事実である。一方で、南モンゴルのモンゴル人は、金丹道事件から文化大革命期の南(内)モンゴル人民革命党粛清事件に至るまで、漢人による民族浄化、数十万人単位で虐殺(ジェノサイド)を受けながら自分達の土地と文化を守り、北のモンゴル国を守る盾となって来たことも事実である。
南北双方のモンゴル人、そして他の地域に居住するモンゴル人が互いに偏見を排し、互いに尊厳を認め合い、互いの歴史と立場に思いを馳せ、互いに理解し合う努力を、忍耐強く継続して行かなければならないだろう。全てのモンゴル人にとって、自らの故郷を防衛することは避け難い宿命的責任であり、全てのモンゴル人が、その責任を果たすことで初めて全てのモンゴル人の幸福と平和を実現することができると考えなければならない。
7.終わりに
中国人の中にも、豊かな人間性と高い道徳心を持ち、モンゴルの文化を尊重し、モンゴル人の自決権の主張を理解してくれる友人達が少なからずいる。モンゴル人でありながら中国への同化を叫び、モンゴル文化を卑下している人々は恥じるべきである。
南モンゴルのモンゴル人は、中国人に対して一方的に卑屈になるのではなく、きちんと向かい合って対話し、共有できる普遍的価値を探し求め、伝統文化と自然環境の破壊が続く南モンゴルの現状を改めるために立ち上がる責任がある。自然の摂理に反し、人間性を蹂躙する悪は必ず滅び、歴史の審判を受けることになるだろう。悠久なる天は、我々一人一人の行動を見ている。南モンゴルは、まだ終わっていない。我々南モンゴルのモンゴル人は、祖先より受け継ぎ、守り通してきた祖国を誇りとして、近い将来『dayaar mongol』が再び光輝く機会があると信じて、それぞれが、モンゴルの将来のために自分は今、何をできるのか、真摯に問い直すべきではなかろうか。
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| [104] RE:所感 〜モンゴルを愛すればこそ〜 Name:mogolhuu | | | Date:2012/03/16(金) 03:17 |
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I always feel so great becoz of my lord Chingis khan has left such a huge homeland 2 all the Mgls,but I always feel so hurt becoz of we could not keep the homeland as one,russians and chinese took away 2 much from us,and in the only independent part they lost not land,but heart
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